スポーツだからこそできる気候変動への向き合い方。専門家が感じる現場のリアルと課題を紐解く
スポーツを楽しめる社会を守るために、スポーツの力でサステナビリティの実現を目指している浦安D-Rocks。社会との共創によってサステナビリティの実現をめざす「D-Rocks Sustainability Hub」では、様々な方々へのインタビュー、対談を通して、さまざまな立場の方々にサステナビリティの実現について発信していきます。
第6回は、 一般社団法人 Sport For Smile 代表理事 梶川 三枝さんにご登場いただきます。
一般社団法人 Sport For Smileは「スポーツの力で社会を変える」日本初のコミュニティ・プラットフォームとして発足。2021年からはSport For Smile プラネットリーグ(SFSPL)という、“スポーツの力で気候変動対応を加速する”を掲げる気候変動問題に特化したスポーツ界支援イニシアティブを推進しています。また現在はその旗艦プロジェクトとして、日本スポーツ界のサステナビリティ推進トップランナー集団を集中的に支援する「エリートプログラム」が始動。浦安D-Rocksも本プログラムに選出いただき、2024年9月より参画しています。
今回はこれまで国内外の様々な現場で、スポーツ社会変革分野におけるソーシャルイノベーションを推進してきた梶川さんに、スポーツ特有の社会的責任やインパクト、スポーツの力で気候変動対応を加速させるために必要なことを考えます。
「スポーツには世界を変える力がある」。専門家はラグビー界・浦安D-Rocksのサステナビリティ活動をどう見る?
浦安D-Rocks 柳原:本日はSFSPL「エリートプログラム」でもお世話になっている梶川さんに、改めてスポーツが気候変動への対応活動・コミットする意義や推進していくために必要なことを一緒に考えていけたらと思います。よろしくお願いします。まずは、一般社団法人 Sport For Smileの活動や発足の経緯について教えてください。
梶川さん:よろしくお願いします。今日は国際基準で見てもサステナビリティへの意識や活動のコミットメントが高い、浦安D-Rocksの取り組みを伺えることを楽しみにしてきました。
私が代表理事を務める「一般社団法人 Sport For Smile」は、スポーツを活用した社会変革を推進する日本初のプラットフォームです。スポーツ社会変革の分野の世界トップレベルの組織や機関と連携し、夢や希望を与えるだけでなく、「社会を変える」スポーツの力をご紹介するとともに、スポーツに”手の届かない”人々にスポーツをする機会を届けることを目的に活動しています。主にミートアップやセミナーといったイベント、メンタリングなどのプログラム、そしてメガスポーツイベント開催時に合わせたキャンペーンの取り組みなどを実施しています。
団体発足にはアパルトヘイト撤廃に尽力したことでも知られる、南アフリカ共和国の第8代 大統領ネルソン・マンデラ氏の「スポーツには世界を変える力がある」という言葉が関係しています。彼が2000年代初頭の演説中に発言したこの言葉が世界中で報じられると、様々な国で「スポーツの力で世の中を良くしていこう」というムーブメントが巻き起こりました。この動きを日本に伝えたいという思いでつくったコミュニティが「一般社団法人 Sport For Smile」の前身です。
浦安D-Rocks 柳原:梶川さんは、いつ頃からスポーツの社会的意義やサステナビリティに関する活動を推進する立場を担われるようになったのでしょうか。
梶川さん:1998年の長野オリンピックボランティア経験で「世界共通言語としてのスポーツの力」を体感してから、まさにこの分野をライフワークにしたい、という想いは強かったのですが、実際その具現化の手法について様々な現場から学んだのは、スポーツ経営学を専攻していた米国大学院でのリサーチや、NBAの関連部署で働かせて頂いた経験等からです。私自身のバックグラウンドがブランディング・マーケティング領域と社会貢献との統合手法にあることもあって、様々な国際的なムーブメントの潮目に立ち会わせていただく機会も多かったのですが、ただ世界の先進的な動きを日本に伝えることに使命感を抱いて行動していたら、気が付けばリードする立場になっていた、というのが実態です。中でも、「スポーツの社会的責任」については、NBAや世界スポーツ界が重視している行動指針でもあり、(Sport For Smile始動 と同時に起業した)弊社の主要事業の基本理念でもありますから、2010年の起業以前からずっと考えてきたテーマです。
スポーツ×サステナビリティの活動に注力しだしたのは、気候変動対応の動きが海外で本格化した2018年ごろからでしょうか。以降、世界スポーツ界の対応やその意義を伝えることを掲げ、日本スポーツ界の気候変動を中心とした環境活動の推進を支援する活動を展開しています。
浦安D-Rocks 柳原:浦安D-Rocksも2018年ごろから、ゼネラルディレクター・内山さんが先頭に立って、選手たちへのサステナビリティへの啓蒙や様々な施策をいち早く進めてきましたよね。
浦安D-Rocks 内山:ご存じのとおり、平均気温の上昇によってスポーツの環境を取り巻く状況は年々悪化しています。屋外スポーツの一つであるラグビーにとって、気候変動問題は他人事ではありません。いつかラグビーができない日が訪れてしまうかもしれないのですから。
私たちはサステナビリティの推進にあたってW杯開催国を中心に、海外諸国とパートナーシップを組みながら、サステナビリティの取り組みについて定期的に意見交換をしています。サステナビリティの意識が高い欧米諸国の取り組みは先進的で、日本でW杯を開催した2019年からも状況が変化していることを強く感じます。
梶川さん:どんどん気候変動のリミットが迫ってきていますからね。その危機的状況のなかで、ラグビー界は他のスポーツに先駆けて、サステナビリティのポリシーをいち早く打ち出していたように思います。しかもシステマチックに、かつ中長期的にサステナビリティの実現を掲げているので、すごく的を射た取り組みを推進している印象です。これまで様々なスポーツクラブの取り組みをサポートしてきましたが、正直、ここまでできるスポーツ連盟は、数年前はそう多くはありませんでした。
そしておっしゃる通り、日本はまだまだ国全体としてサステナビリティへの意識向上に課題があります。ですから先進的な海外の動きをキャッチアップしながら、実際の活動を進めている浦安D-Rocksの動きはとても素晴らしいと思います。
浦安D-Rocks 内山:気候変動は地球規模の課題ですから、国は違えどお互いの取り組みをオープンに話してくれるんですよね。もちろん真似できるところは学ばせていただきつつ、一方で、日本のラグビーには浦安D-Rocksをはじめ「企業スポーツ」という側面があるので、そこも活かしていきたいと思っています。
私は「企業スポーツ」としてのラグビーのあり方について考えていくうちに、サステナビリティという領域への可能性を感じました。現役時代から選手たちが自分ごととしてサステナビリティの活動に取り組むことで、現役選手だからこそ発信できる価値や、選手引退後のキャリア形成にもメリットがあると思ったんです。
梶川さん:これまでの企業スポーツで見落とされていた観点にも着目しながら、サステナビリティのアクションを進めていらっしゃるお取組みは、ぜひ他のスポーツにも取り入れていけるとよいですね。お話を聞いていて、ラグビー界がスポーツ界の中でも先進的な取り組みをしているのはそうですが、中でも浦安D-rocksの取り組みは際立っていると思います。
また、柳原さんのようなCSO(Chief Sustainable Officer)といったポジションも日本では稀有な存在ですよね。きっとチームに専門家がいることも、大きな推進力に繋がっていると思います。スコープ3のGHG計測が早期に実現されたのも、その一例かと思います。クラブがサステナビリティに注力できる環境を用意できているところは決して多くはありません。想いや意思はあっても、専任の担当者不在がゆえに、片手間になってしまって、サステナビリティ活動を十分に進められないチームも多いのが実態ですから。
浦安D-Rocks 柳原:ありがとうございます。3ヶ月ほどでスコープ3レベルのGHG計測が実現できたのは、チームとして「ここまでできる」という自信に繋がっていると思います。一方で、これまでのグループ企業との関係性があったからこそ、実現できたのも事実です。企業がもつ最先端のテクノロジーを活用してできたのは、やはりラグビーというスポーツが「企業スポーツである」という特性が大きく影響していると思います。
梶川さん:そういった取り組みは他の企業スポーツでも展開できると思いますし、ぜひプロスポーツにもできる部分は応用していきたいですね。
意識改革から行動変容へ。ファンコミュニケーションのあるべき姿を問う
浦安D-Rocks 柳原:これまでGHG計測や情報発信をはじめ、様々なアプローチでサステナビリティの活動を展開している私たちですが、少し悩んでいるところがあります。「どうやってサステナビリティに関するスポーツの可能性を社会に広めていくか」ということなんですけど。
これまでの活動を通して、スポーツだからこそ難しい気候変動や社会問題を楽しい雰囲気のなかで伝えられるという一定の手応えは感じています。しかし、おっしゃる通り影響力が限定的な部分もありますし、気候変動問題の状況は日々変わっていきます。
時間もない中で少しでもこの状況を良くするために必要なことは、ファンに対して行動変容を促すことだと思うんですが、そのために何を伝えるべきかがまだ掴みきれていない気がしているんです。どんな発信やコミュニケーションが今、スポーツチーム側に求められていると思いますか。
梶川さん:たしかに、スポーツを通じて、特にファンに対して社会課題を認識してもらうことはスポーツができることの一つですが、ひとつひとつのクラブ単体の影響力は、全国視点からしたら、小さいと感じてしまうこともあるかもしれません。難しい課題ですが、迫る気候変動問題の危機を伝えること、そしてその危機を回避するために必要な行動を伝えること、これら両軸での発信が大事だと思います。
SDGsの期限は2030年ですが、それまで地球が現状のままもつかどうかがわからない、という科学的根拠に基づいた事実を専門家以外に知っている人がどれだけいるでしょうか。残念ながら、一般的にはほとんど知られていないと思います。そもそも、一度臨界点を越えてしまったら、もう元(の地球)には戻れないことも含め、わかりやすく、かつ具体的に伝えることが必要です。「でも、どうにかなるんじゃない?」と思っている人が多く、不可逆性がなかなか伝わっていないのが現状だと思うので、まずはそこをクリアにご理解頂けるようなメッセージを発信するべきだと思います。
例えば「有名なテニスの世界大会で一流選手がプレイできず試合を中断せざるを得ない事態になった」「野球選手が熱中症で倒れた」といった事例のように、プロの選手でさえ被害を受けているという具体例などは、ファンにとってはわかりやすいのではないでしょうか。
浦安D-Rocks 内山:ラグビーもここ数年で練習時間の変更を余儀なくされています。特に今年の夏は屈強なラグビー選手でさえ、命に危険を感じる暑さが連日のように続きました。
梶川さん:そういった選手のリアルな意見こそ、ファンに届きやすいと思います。そして危機感を煽るだけではなく、私たちが行動すれば今なら間に合う!という希望を伝えてあげることも個人的にはとても重要だと思っています。そうでないと「どうせ自分一人がやっても……」と思ってしまって、アクションのための一歩を踏み出しにくいと思いますから。
浦安D-Rocks 柳原:危機感をわかってもらうための正しい知識の情報発信と、そのためにできることを具体的に提示し、一人ひとりがアクションを踏み出せるように促す発信が必要ということですね。
梶川さん:どうしても「社会貢献」という意味合いが強くなると押し付けや「やらされ」の活動になってしまうことが多いと思うんです。でも、海外は「(サステナビリティの活動を)やらないと事業継続できない」という感覚なんですよね。もはや取り組んでいないと市民社会が許してくれないのです。まだまだそういう意識感覚は、日本には根付いていないように感じます。
最近「推し」という言葉をよく聞きますが、スポーツクラブのファンには「推し」を超えた「信じる」という強いポジティブな気持ちがあると思っています。ファンは選手やチームの活躍や勝利を信じていて、それって単なる「推し」を超えて信念に近いですよね。
他人の意識改革、行動変容を促すにはその原動力となる「好き」という気持ちが重要で、スポーツには原動力としてその「好き」という熱量が十分に備わっていると思います。
浦安D-Rocks 内山:さらにスポーツチームには親企業やグループ企業、スポンサーがいるので、彼らを巻き込むこともできますよね。先ほど一つのチーム、一つの競技から生まれるインパクトは小さいという話がありましたが、これがリーグ全体で取り組むとなると、インパクトは一気に広がります。特に企業スポーツには「社員」とその家族がいるので、関係人口が多くいます。
梶川さん:ぜひ親企業やグループ企業にも、いい意味でプレッシャーを与えてほしいですね。特にリーグワンに参入しているチーム全てが取り組んでいる状態をスポーツ界から生み出せると、いつか日本のビジネス界が変わるきっかけさえつくれるような気がします。
あと、ワントライされたら終わり。でも、まだ一人ひとりが取り組めることがあると信じて
浦安D-Rocks 柳原:ここまでのお話を通じて、ファン、企業、様々な関係者を巻き込みながら、サステナビリティの活動を推進していくきっかけをつくれるという、スポーツの可能性を改めて感じることができました。最後に改めて、スポーツから生まれる共創の可能性についてお伺いさせてください。
梶川さん:私が講演する際に、最後に決まって伝えるフレーズがあります。アインシュタインの「悪い行いをする者が世界を滅ぼすのではない。それを目にしながら何もしない者たちが滅ぼすのだ」というフレーズなんですけど、気候変動問題の対応にもそのまま同じことが言えると思うんですよね。誰がどっち、というよりも誰しもがその両面性を持っていると思いますが、”それを目にしながら何もしない状況”を楽しく変容できるのが、スポーツの力だと考えています。そして、勇気を持ってファーストアクションを促すことができる推進力が、スポーツにはあると信じています。
気候変動問題の現状をラグビーの試合で例えるなら、正直もう「ワントライされたら終わり」という状況に差し迫っていると思うんです。でもそんな状況だからこそ、最後まであきらめないことの大切さを改めて伝え、ファンと一緒にできることがありますし、行動に移せるチャンスがあると思います。
浦安D-Rocks 内山:一つのチームだけでは与えられるインパクトに限りがあるので、よりいろんな人を巻き込んでいきたいですし、逆に巻き込まれていきたいですね。夢物語かもしれないですけど、スポンサーから「こういう連携をしたいので、スポンサーに入らせてください」といった関係性が生まれていく状態をつくれたら理想的だと思っています。
梶川さん:夢物語ではないと思いますよ。まだ数は少ないですが、事実、そういう形でスポンサーに声をかけていただいた事例もあります。スポーツチームがビジネスや社会側から期待されているのが当たり前になっている未来の実現を目指して、私自身も活動に取り組んでいきたいと思います。そして、そういったムーブメントをSport For Smile プラネットリーグ(SFSPL)から生み出していきたいですね。ぜひ、浦安D-Rocksの皆さんのお力もお貸しください。
企画・取材・編集:浦安D-Rocks
執筆:守屋あゆ佳