アスリートが社会課題にチャレンジする意義と可能性。“社会貢献の新しい文化”を目指すHEROsプロジェクト

スポーツを楽しめる社会を守るために、スポーツの力でサステナビリティの実現を目指している浦安D-Rocks。社会との共創によってサステナビリティの実現をめざす「D-Rocks Sustainability Hub」では、様々な方々へのインタビュー、対談を通して、さまざまな立場の方々にサステナビリティの実現について発信していきます。

第7回は、「HEROs〜Sportsmanship for the future〜」(以下 HEROs) 藤田 滋さん、荒木哲朗さんにご登場いただきます。

HEROsは、日本財団が運営するアスリートの社会貢献活動を推進する事業です。アスリート達の社会貢献活動を推進することで、スポーツでつながる多くの人の関心や行動を生み出し、共感と行動の輪を広げ、社会課題解決に取り組む人を増やし、社会貢献活動を行うことが世の中の当たり前になっていくことを目指しています。スポーツの楽しさや影響力を活かしたユニークな方法でソーシャルチェンジを実現すべく、事業には活動を推進する「HEROsアンバサダー」をはじめとする多くのアスリートが参画。競技を超えてアスリートたちが連携の輪を広げています。

浦安D-Rocksも2024年9月より取り組みの一つである、スポーツ界を横断して使い捨てプラスチックごみ削減に取り組むプロジェクト「HEROs PLEDGE」において、パートナー団体として参画しています。

今回は事業を推進する藤田さん、荒木さんとこれまでの取り組みを振り返りながら「スポーツ × 社会課題」の方程式の解を導くために必要なことやアスリートの可能性を深掘りします。

情報過多社会で社会課題のインプレッションを高める難しさ

HEROs 藤田さん: HEROsは2017年に誕生し、「アスリートが、世界を変えるんだ。」というメッセージを掲げて現在は活動しています。設立以来、260人を超えるアスリートが競技の枠を超えて提携し、スポーツの力で山積する社会課題に取り組んでいます。発起人は元サッカー日本代表の中田英寿さんです。

中田さんが過去にインタビューで仰っていたのは、世界的なアスリートたちにとっては社会貢献をすることが当たり前だということ。ただ、個々にチャリティマッチや社会貢献活動をしている一方で、選手や競技を横断した取り組みは少なく、そもそもそういった情報が少なかったことに課題感を抱いたと言います。また、海外ではアスリートやハリウッドスターらが社会貢献活動に率先して取り組むことがごく自然に受け入れられる反面、日本では偽善、売名行為とも取られてしまい、なかなか活動がしづらかったり、活動していても社会に発信できないことが多いと思います。こうした課題背景から、アスリートらが競技の枠を越えて社会課題に取り組むプラットフォームとして、HEROsは始まりました。

HEROs 荒木さん: HEROsでは大きく三つの取り組みを行なっています。社会課題の現場での活動やアスリートならではの取り組みで課題解決を活性化させる「ACTION」、専門家による講義やアスリート同士の対話を通じて、社会課題解決に向けた新たな視点と知識を得ることができる「ACADEMY」、ロールモデルとなる社会貢献活動を表彰して社会に発信すると共に参加者同士で新たな協働を生み出す「AWARD」です。その他にもスポーツ・アスリートの力を活用した社会課題解決プロジェクトを支援する取り組みを行なっており、助成事業数でいうと、100以上の事業が誕生しています。

浦安D-Rocks 柳原: 我々浦安D-Rocksが参画させていただいている「HEROs PLEDGE」もまさにHEROsから生まれた、スポーツ界横断で使い捨てプラごみゼロを目指すプロジェクトですよね。

日本財団 荒木さん: はい。「HEROs PLEDGE」は使い捨てプラごみ削減の身近なアクションをPLEDGE、宣言するだけで、誰でもプロジェクトに参加できるものです。

社会課題が山積する現代ですが、関心がある人はおよそ3割、実際に何らかのアクションを起こしたことがある人はおよそ1割に留まるなど、正直、関心がない人が大半なのが現状です。いかに社会課題に対するハードルを感じさせずに取り組んでもらうきっかけを作れるか、その情報発信や活動するプラットフォームが重要だと思っています。

日本財団 藤田さん: 社会課題に興味を持っている人は正直そう多くはないと私も感じています。もともと広報チームでSNS運用を担当していたのですが、当時の課題はいかにエンゲージメントを高めるか、でした。フォロワー数が一定いたので、社会課題に関する発信をしても当時はある程度のインプレッション数がついていたんです。ですが今はアルゴリズムが変わり、フォロワー数にかかわらず、関心の薄いコンテンツはインプレッション数自体が落ち始めています。つまり、そもそもユーザーのタイムラインに届きづらい構造になってしまいました。

社会課題がSNSで受け入れづらいトピックである一方で、「スポーツ」は老若男女幅広い世代が関心があるトピックです。選手であろうとなかろうと、その競技をやっていなくても興味があります。だからこそ「スポーツ」と「社会課題」を掛け合わせることで、本来届けたかった層にも情報を届けることができるのではないかと考えています。

浦安D-Rocks 内山: 情報発信への向き合い方にはとても共感します。ラグビーは企業スポーツという特性があるのですが、同じ課題感を覚えます。社員が社内外にサステナビリティについて発信しても、なかなか広まりづらい。私はそんな領域において、現役時代からサステナビリティ活動に取り組んだ選手が引退後、ビジネスマンになった時にその領域で活躍できるのではないかと考えています。

少し話がそれるかもしれませんが、スポーツチームにおけるチーム強化の考え方や価値観は今、変化の時期を迎えています。浦安D-Rocksではチーム強化の三原則として、「人材・コーチング・環境の強化」「普及」「キャリア支援」を掲げており、特に「普及」という部分において、地域やファン、企業、各ステークホルダーの皆さんと、どうやったら持続可能な社会を構築できるかということをテーマを発信することには注力していきたいと思っています。アスリートが発信することで幅広い層に伝えることができますし、アスリートが持つ発信力や影響力の大きさは現在チームにいても強く感じます。

日本財団 荒木さん: 特に子どもたちへの影響力は絶大ですよね。子どもたちにとってアスリートはヒーローですから、彼らが取り組んでいることに憧れを抱いたり「かっこいい」と思ったりします。アスリートやスポーツ界が率先して活動することで、社会課題に取り組むことがかっこいいことなんだと、社会貢献のハードルを下げ、イメージを変えていくことをHEROsとしては目指しています。

 

アスリート特有の「社会に貢献したい気持ち」の源とは

浦安D-Rocks 柳原: アスリートが伝えることで届けられるという話がありましたが、アスリート自身が社会課題に対する関心がそもそも高いなという印象を受けます。これまでHEROsには多くのアスリートが参画されていますが、彼らの社会課題に貢献したいという熱量や思いはどこから生まれていると思いますか?よく内山さんとはラグビーに「ONE FOR ALL ALL FOR ONE」という言葉があるように「アスリートは利他的だ」という話もするんですが。

日本財団 藤田さん: アスリートが利他的、というのはとても共感しますね。引退した選手が「社会のために何かできることをしたい」とよくお話ししていますが、それは現役時代にたくさんの人に支えられてきた、応援されてきたから実感があるからではないでしょうか。

それと、競技存続に対する危機感もあると思います。例えば、屋外スポーツだと気温上昇ゆえに暑くて競技や練習ができない日が続いてしまったり、トライアスロンの選手だと海の中の異物が影響して、原因不明の蕁麻疹に襲われてしまったり。

特に、ウィンタースポーツの選手はその危機感が強い傾向にあります。これはスキージャンプの高梨沙羅選手がお話しされていたのですが、高梨選手は小さい頃から雪と触れてきて、雪を通じて様々な人たちとコミュニケーションし、スキー以外にもいろんなことを学ぶことができた、と。そんな高梨選手にとって人生の一部ともいえる、自分を育ててくれたスキー競技がなくなってしまうことへの危機感があると語っていました。

 

自分自身が競技ができなくなることよりも、「競技に育てられた」という思いが強いからこそ、次世代にその競技を残していきたいという思いが強いんでしょうね。この感覚は私たち一般市民にはなかなかわかりづらい感覚かもしれませんが、それぐらいアスリートには競技に対する並々ならぬ思いがあるんだと感じたエピソードでした。

 

浦安D-Rocks 内山: 素晴らしいお話ですね。「スポーツは人間形成の場」とも言いますが、まさにそう思います。日々の練習や試合でのパフォーマンス発揮が積み重なって形成されるスポーツマンシップや人間性が、社会課題の現場おいてどんな価値を発揮することができるのか。スポーツのスポーツとして以外の、存在価値を今こそ翻訳する必要性を感じています。

日本財団 荒木さん: 仰る通りですね。アスリート自身も社会における存在価値を探していますし、また実際に社会貢献活動をすることによってその価値をリアルに感じてもらうことができるとも思っています。「(社会課題に直面する)現場に行って、競技面以外のスポーツやアスリートの価値を感じる」という選手の声もよく聞きます。

 

「なんとなくいいことをしている」で終わらせず、巻き込み、広げていく活動へ

浦安D-Rocks 柳原: ここまでお話を伺う中で改めてHEROsプロジェクトの取り組みや思いにとても共感いたしました。HEROsプロジェクトを通じての手応えについて教えてください。

HEROs 藤田さん: HEROsもプロジェクト発足8年目を迎えて、アスリートたちやNPO・関連団体等とのネットワークはできていますが、実際の課題解決の活性化までは十分に起こせていないという課題感があります。2024年は「災害支援」、「環境問題への対策」という領域に特に注力して取り組んできました。災害支援では石川県能登地方へ赴き復旧・復興活動を、環境問題への対策としては使い捨てプラごみ削減をきっかけとしたムーブメントづくりに取り組んでいますが、社会を変えるようなインパクトのある取り組みにはなっておらず、やるべきことやできることがあると思っています。

HEROs 荒木さん: 今はまだ正直「なんとなくいいことをしている」という感覚に留まっている気がしていて。アスリートが社会貢献活動をしている、それだけだと世の中にはアクションとして広がらないんですよね。いかに一般の人たちを巻き込めるかが重要だと思っていますし、それが自然に増えていくような仕組みが必要だと思います。

スポーツはチームがあり、選手がいて、スポンサーやファンもいる。既に大きなコミュニティを持っているわけで、そのプラットフォームとしての機能をうまく活用できればと思っています。

HEROs 藤田さん: 巻き込みという意味でいうと、浦安D-Rocksのような地域に根ざしたスポーツクラブが社会課題に取り組む意義と影響力、巻き込み力には可能性を感じています。市民にとって身近な地域のクラブが、地域の課題を発信していたら自分ごとに感じやすいですし、結果的に自分たちのアクションに繋げやすいですよね。

浦安D-Rocks 柳原: D-Rocksもこれまでスコープ3レベルのGHG計測や、サポーターと連携し、ホストゲームで家庭用廃食油を回収するなど様々な施策を実施、検討してきました。こうした取り組みを踏まえても、お二人と同じくいかに人々を巻き込むかが重要だと感じています。理想はファンからその友達へとアクションの輪を広げること。近い将来「D-Rocksの試合を見に行くだけで社会貢献できる」、そんなイメージがサポーターやその周囲の人たちとも共有できるようになればと思っています。

有難いことに、少しずつですが試合に訪れたサポーターからもリアクションが感じられるようになってきました。特に分別を促進するためのサステナブルステーションの取り組みは好評で「社会課題に取り組まなければ」という義務感から解放されて、エンタメ化しつつあるようにも感じています。「サスってる(サステナブルなことをしている)」なんて言葉も聞こえてきたりして。こういうシーンを目の当たりにすると、スポーツと社会課題の掛け合わせでできることはまだまだあると感じます。

浦安D-Rocks 内山:  今日のお話を聞いて、改めてまだまだ社会貢献のハードルを下げるためにできることがあると感じました。なんとかしないといけないけど、一歩を踏み出せていない。そんなアスリートや引退後の選手の背中を押すような活動をされているHEROsの取り組みは非常に参考にしています。D-RocksもいつかHEROs AWARDで表彰いただけるような取り組みになることを目指して、活動を継続していきたいと思います。

 

企画・取材・編集:浦安D-Rocks

執筆:守屋あゆ佳